カテゴリー別アーカイブ: 昭和

昭和の公会堂

現在の駐車場にあった那珂湊市公会堂の画像を公開しました。

(那珂湊市政だより昭和35年12月1日号)

文化の殿堂 市公会堂建設に着手 本格的設備の大ホール

望まれていた市公会堂建設がいよいよ着工のはこびとなり、去る8日建設敷地旧市役所跡において、宮原市長、市議会議員、工事請負者その他関係者か集まり起工式部行なわれました

■市公会堂の概要
総工費:2,090万円
完工:昭和36年3月予定
建坪:834平方メートル
様式:鉄筋コンクリート一部平屋建

■市公会堂の設備
○大ホール(定員700名)
オーデイートリウム方式(床がステージにむかって傾斜している)舞台照明装置、ワイドスクリーン、装備優秀音響装置換気機構など本格的な劇場の設備を備えています。
また、そのほか会議室、小ホール、和室、休憩室、事務室などがあり、大ホールの内装用材は、県下でも最も新しい不燃材を使用します。 昭和の公会堂 の続きを読む

昭和のクリスマス

昭和のクリスマス(S43〜44)の画像を公開しました。

→昭和のクリスマス画像コレクション

(市報かつた昭和43年1月10日号)
クリスマスの集い
市福祉事務所では12月24日、身体障害のこどもたちのために”クリスマスのつどい”を開きました。サンタクロースのおじさんから贈物をもらって大喜びのこどもたち。

(市報かつた昭和44年1月10日号)
クリスマスに大喜び
身体障害のこどもたちのために肢体不自由児父母の会では、ライオンズ・クラブと社会福祉協議会の後援で、クリスマス・パーティーを12月21日にひらきました。こどもたちは、サンタのおじさんからのプレゼントや、手品、紙芝居などに大喜びでした。

(市報かつた昭和44年1月10日号)
楽しい青少年ホームの利用
さる12月20日に開かれたホーム主催のクリスマス・パーティー。約50人の市内の若者が参加し、歌ったり踊ったりの楽しい一夜を過ごしました

(昭和の記事から)乾燥イモ加工の先駆者大和田熊太郎翁の碑

(市報かつた昭和38年11月7日号)

乾燥イモ加工の先駆者大和田熊太郎翁の碑たつ

このほど長砂地内の共同墓地に大和田熊太郎翁の墓碑が旧前渡村村民有志によって建てられました。

大和田熊太郎といっても、市民の皆さんにはおわかりにならないかも知れません。しかしその名は知らなくて乾燥イモ(ほしいも)はご存知でしょう。あのサツマイモを薄く切って乾燥する蒸切干のこと。この乾燥イモ加工の茨城県における先駆者が、ほかならぬ大和田熊太郎翁なのです。

翁は長砂の人で、明治39年41歳で旧前渡村村長となり、その後四期村長の職にあった、いわば当地の重鎮というべき人でした。当時(明治40年代)前渡村では、夏作物として陸稲、大豆、粟、稗等を栽培していましたが、栽培技術の幼稚さや科学肥料の末発達という悪条件から、年々かんぱつに見舞われ農家は困窮の中に停滞していました。翁はこうした農家経済の難局を何とかして打開しようと村長の立場から奮闘しました。

このとき大命ともいうべき思いが翁をとらえました。サツマイモの栽培とその加工です。サツマイモはかんばつにも冷雨害にも強いというところから、当時の農業経済を大きく前進させることは明らかです。翁は決心し、当時の甘藷栽培加工の先進地静岡県から講師を招き村内数力所に講習会を開催して村民を指導しました。こうして長砂一帯に甘藷栽培と乾燥イモ(ほしいも)加工が根をおろし、当地の農業経営を豊かにする基礎がができたのです。その後、翁は県会議員にも当選し、茨城県農政にも多大な尽力をしました。昭和9年2月没。

世は変り、科学技術の発達と農業経常の進歩によって、食糧事情とともに農家経済もどうにか安定した今日、翁の業績をしのび、後世に伝えようというところから、有志一同による建碑となったわけです。

昭和の那珂湊勤労青少年ホーム(現湊公園ふれあい館)

昭和時代の那珂湊勤労青少年ホーム(現在の湊公園ふれあい館)の画像を公開しました。

(市報なかみなと昭和47年6月25日号より)

勤労青少年ホーム完成 労働大臣迎え竣工式

中小企業に働く青少年に趣昧、教養など健全な余暇活動の場を与える趣旨で、山ノ上湊公園内に建設中であった勤労青少年ホームが完成し、その竣工式がさる5月20日ホーム体育室において、塚原労働大臣をお迎えし、軍司副知事をはじめ、市長、市議会議員など来賓多数が出席して行なわれ、建設経過報告、工事請負者等に対する感謝状の贈呈のあと、市長の式辞につづいて、塚原労働大臣の温容をたたえ、話しかけるようなお祝いのことばと、青少年の期待を述べられました。そのあと来賓祝辞などがあり、昼すぎ終了しました。 昭和の那珂湊勤労青少年ホーム(現湊公園ふれあい館) の続きを読む

昭和の那珂湊漁港(外港)起工式と開港式

昭和47年に開港した那珂湊漁港の外港の起工式と開港式の画像を公開しました。

(市報なかみなと昭和47年6月25日号より)

県下一を誇る那珂外港・盛大に開港式

水産都市として、ますます発展する那珂湊市、那珂湊漁港も、最近とみに大型化する漁船のために河口からの入港が困難になり、昭和38年度より第三次漁港整備計画を進め、さらに第四次整備と9年の歳月と18億円の巨費を投じて、かねてから、懸案の外港が、このほど完成、その開港式典がさる5月27日那珂湊市魚市場において、盛大に行なわれました。 昭和の那珂湊漁港(外港)起工式と開港式 の続きを読む

昭和の勤労青少年ホーム(現・青少年センター)

昭和の勝田勤労青少年ホームの画像を公開しました。現在は青少年センターとなっています。

(市報かつた昭和42年11月15日号)

勤労青少年ホームの建設
娯楽と教養の殿堂に

市では労働省の補助をうけて市内中央町(公民館側)に勤労青少年ホームを建設する予定で準備をすすめてきましたが、このほど工事請負者もきまり工事を始めました。

この勤労青少年ホームは、中小企業に働く青少年労働者のための施設で、これを利用して教養や趣味、娯楽などを大いにのばし楽しんでもらうために建設するわけです。

建設の規模は、欽筋コンクリートニ階建で、総面積が720平方メートル。一階には娯楽室、談話堅、ホール、事務室などがあり、二階には体育室、講習室、図雷室、集会室、茶室などがあります。

総工費は2250万円。工事請負者は日立市の秋山工務店で工事は11月にはじまり来年の3月には完成する予定です。

市では、この勤労青少年ホームが完成し次第、ホームを主体とした各種の事業をおこない、青少年の健全な育成をはかる計画です。

そのために、5名程度の職員を配置し、実務教育、一般教養のための講習会を系統的にひらくほか、職業相談など各種の相談などをおこなっていく予定です。

中小企業勤労者の多い当市にとって、非常に期待される施設だといえるでしよう。 昭和の勤労青少年ホーム(現・青少年センター) の続きを読む

昭和の歩行者天国

昭和47年に始まった勝田市時代の歩行者天国の画像を公開しました。

(市報かつた昭和47年8月25日号から)

にぎわった「歩行者天国」
本祭りは小雨のなかで花やかに

「歩行者天国」は大変な好評でした。かつた祭りの前夜祭と時を同じくした8月19日、勝田市でははじめてのこころみとして行なわれた、この自動車からの解放区。午後7時から10時までの3時間、常陽銀行勝田支店前から湊線踏み切りまでの、表町通り約800メートルには、およそ5万人の人が集まり、のびのびと歩行者の天国を味わっていました。 昭和の歩行者天国 の続きを読む

昭和の馬渡埴輪製作遺跡発掘画像を公開

今年発掘50年となる馬渡埴輪製作遺跡の、発掘当時の画像を公開しました。

ひたちなか市埋蔵文化財調査センターでは、平成27年5月から1ケースミュージアムで「馬渡埴輪製作遺跡発掘50年」を特集します。

(市報かつた昭和40年8月10日号)

馬渡にハニワ窯跡全国でも指折りの規模
市、明治大学共同で発堀

昨年の2月、勝田三中の工藤先生によって完全な馬のハニワが発見され、その後の調査によって、古代においてハニワを生産した窯跡であることが分りました。 昭和の馬渡埴輪製作遺跡発掘画像を公開 の続きを読む