柿の木に現われた文字(勝田の民話から)21/23

(市報かつた昭和62年2月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

柿の木に現われた文字

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不思議なことに割れた面から直径六寸ほどの大きさで「⑥」とはっきり読める黒ぐろとした文字が現れたのです

むかし、江戸時代の文政年中、今から160年前のころ、上高場村に善三郎というお百姓さんがいました。

善三郎は、とても丹精で正直者、村びとから親しまれていました。

この善三郎の家の庭さきに、むかし、ご先祖さままが植えた大きな柿の木がありました。枝は天高く四方に伸び、根っこは竜のように四方にはり、夏の初めごろになると、鈴のような形をした白い花が、「ぽとん、ぽとん」と大地にはじけ、秋には真赤に熟れた実をたわわにつける、自慢の柿の木でした。

ところが、ある年の秋、寄る年波には勝です、風のために柿の木が倒れてしまいました。

「もってえねえごどしたあ。ご先祖さまがのこしてくれた柿の木、でんぐりげえってしまった」

善三郎は倒れてしまった柿の木の前に、しばし、ぼうぜんとたたずんでいました。

大事な柿の木とはいえ、いつまでも倒れたままにしておくこともできないので、まきにすることにしました。善三郎がまさかりを、力いっぱい振りおろすと、二つに割れました。ところが、不思議なことに割れた面から、直径六寸(約18cm)ほどの大きさで、「⑥」とはっきり読める黒ぐろとした文字が現れたのです。

驚いた善三郎は、さっそく庄屋さまに、このことを知らせました。話を聞いてかけつけた庄屋さまも、これを見て驚きました。

「まるでだれがけえだ(書いた)ようだ、不思議なごどもあるもんだな、今まで見だごどもねえ」

この話は庄屋さまを通じて、郡奉行のお役人、さらに、水戸の殿さまの耳にも伝わりました。

殿さまは早速、学者を呼んで調べさせたところ、これまで里野宮村(常陸太田市佐都地区)の薩都明神と鹿島神宮の杉の木などからも、片仮名や平仮名まじりの文字が現われ、神さまとしてまつられていると、古い記録に書かれていたということです。

善三郎は、あまりにも恐れおおいので、村の鎮守さまに奉納したと伝えられています。

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