草田の坊三(勝田の民話から)16/23

(市報かつた昭和61年11月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

草田の坊三

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見せしめのために大きな杉の木に一昼夜しぼりつけられてしまいました

むかし、今からおおよそ380年ほど前、大島村に草田の坊三(ぼんさ)という若者がいました。坊三は働くことが大きらいで、足元にはえている庭草一本抜こうともせず、いつもぶらぶら遊んでばかりいました。このため、坊三の田畑は雑草におおわれていて、家の庭も軒下まで足の踏み場もないくらい荒れほうだいでした。

ある年の夏のことでした。何日も何日も日照りが続いて作物が実らず、村びとは困っていました。そこで、時の領主打出(らちで)の殿様にお願いして、大きなため池をつくることになりました。これがいまの大島溜(雷溜)です。

ため池をつくる工事人夫には、多くの村びとが参加しました。なまけ者の草田の坊三も参加しました。ところが、なまけ者の坊三は、皆んなが汗を流し真黒になって働いているのに、むだ話をしたり昼寝をしてたり、仕事をせずになまけてぱかりいました。

「だれもこんなに汗水たらして働でんのに、坊三の鍬ひとづもよごれでめえ。お役人様にたのんで、何んとがしてもらあぼがあんめえ」

「そうだども、そおだども。たった今しがだまでいだっけが、はあどごさ行ったがしんねが姿めえめ」

さすがに村びとは坊三の態度にたまりかねて、工事を指図している役人に懲らしめてくれるよう訴えました。

あくる日、坊三は役人によび出されてしかられ、見せしめのために大きな杉の木に一昼夜しぼりつけられてしまいました。このことがあってから、村の子供たちの間で、「草田の坊三はなまけ者、なまけ者は草田の坊三」と、歌われるようになりました。

なまけ者をさすクサボウという言葉は、この草田の「草」と坊三の「坊」の字をとって「草坊」とよぶようになっかということです。

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