笄田の話(勝田の民話から)12/23

(市報かつた昭和61年9月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

笄田の話

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太助は急いで田んぼへとんで行きました

市毛の坂を下って間もなく国道六号線と旧国道六号線が交錯するあたりに、笄崎(こうがいざき)とよばれる所があります。このあたりに笄田(こうがいだ)といって、むかしは底なし沼のような深い田んぼがありました。田植えのときは、田げたといって大きなげたを履いて田に入らないと、身体が沈んでしまうのです。この笄田には、悲しい物語が伝えられています。

むかし、市毛村にたいそうまじめで働き者の太助という若者がすんでいました。太助は早く両親と死に別れ、身よりもなく一人ぼっちで、わずかの畑と笄田を耕して暮らしていました。

ある年の春、太助は何里も離れた遠くの村から、花嫁さんを迎えました。この花嫁さんは明るく、器量よしで働き者でした。太助夫婦は朝草刈りといって毎朝早起きして、田んぼの肥やしにする草を刈ったり、よなべ仕事も欠かしませんでした。太助夫婦の仲むつまじさは、村中の評判でした。

田植えの季節がやってきました。苗代の苗もすくすく育ち、明日は田植えをすることになりました。ところが、当日になって太助は庄屋様からよび出され、急に人足に出ることになってしまいました。

「ねえ(苗)はむしってしまったし、困ったことになった。あの田んぼ深えがら、なれねえおめえには、とでも無理だ。田植えは明日やっぺ。」

「心配しなくともだいじょうぶだよ。わだし一人でも植えられっから。」

花嫁さんがそう言うので、太助は人足に出掛けて行きました。

太助が仕事を終え、花嫁さんの姿を思い浮かべながら家に帰ったのは夕方のことでした。ところが、家の中にはあかりもなく真暗でした。太助の胸に、ふと不吉な思いがよぎりました。太助は急いで田んぼへとんで行きました。けれども、夕やみせまる田んぼには、すでに人影はなく、花嫁さんが御髪に差していた笄だけが浮いていたということです。

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