笄田の話(勝田の民話から)12/23

(市報かつた昭和61年9月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

笄田の話

0925
太助は急いで田んぼへとんで行きました

市毛の坂を下って間もなく国道六号線と旧国道六号線が交錯するあたりに、笄崎(こうがいざき)とよばれる所があります。このあたりに笄田(こうがいだ)といって、むかしは底なし沼のような深い田んぼがありました。田植えのときは、田げたといって大きなげたを履いて田に入らないと、身体が沈んでしまうのです。この笄田には、悲しい物語が伝えられています。

むかし、市毛村にたいそうまじめで働き者の太助という若者がすんでいました。太助は早く両親と死に別れ、身よりもなく一人ぼっちで、わずかの畑と笄田を耕して暮らしていました。

ある年の春、太助は何里も離れた遠くの村から、花嫁さんを迎えました。この花嫁さんは明るく、器量よしで働き者でした。太助夫婦は朝草刈りといって毎朝早起きして、田んぼの肥やしにする草を刈ったり、よなべ仕事も欠かしませんでした。太助夫婦の仲むつまじさは、村中の評判でした。 笄田の話(勝田の民話から)12/23 の続きを読む

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