那珂川からあがった観音様(勝田の民謡から)10/23

(市報かつた昭和61年8月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

那珂川からあがった観音様

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なんと、それは木彫の観音様でした

むかし、江戸時代のころ、三反田村に大層丹精な親孝行の娘がいました。娘は朝早くから夜おそくまで、雨の日も風の日もよく働きました。

ある年の秋のことでした。村の近くを流れる那珂川が、嵐で大水まあし(洪水)になりました。200年前の天明の大水まあしのときは、村で50軒もの家が水に流されたということですが、それと同じくらいの大水まあしでした。

那珂川はこのころは川底が浅く、堤防もなかったので大雨が降ると直ちに大水まあしになってしまったのです。

娘はせっかく丹精こめて作った稲が水に流されたり、泥に埋まってしまい、がっかりしました。娘は川岸に立って、うらめしそうに川をながめていました。すると、濁流の中を小さなほこらが流れてきて、中にきらきら暉くものが見えました。 那珂川からあがった観音様(勝田の民謡から)10/23 の続きを読む

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