白旗塚のたたり(勝田の民話から)7/23

(市報かつた昭和61年7月10日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

白旗塚のたたり

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白旗塚の近くに住む八太夫という農民が、ある晩不思議な夢をみました

むかし、足崎村に白旗(しらはた)塚とよばれた塚がありました。この白旗塚は、八幡太郎義家が奥州征伐の途中ここを通りかかったときに、武運長久を祈って武器を納めた塚だと言い伝えられていました。

江戸時代の文化13年10月のことでした。白旗塚の近くに住む八太夫という農民が、ある晩不思議な夢をみました。一人の男が夢枕にたって、塚の中にいろいろな宝物が埋まっているから、掘ってみなさいというお告げでした。しかも、同じ夢を三晩続けて見たのです。

八太夫は、早速村の者をたくさん雇って、塚を掘りはじめました。一丈(約3メートル)ばかり掘り下げたところで、石の箱(石棺)を見つけました。

「だれだがしんねえが、三晩も夢枕にたっておせで(教えて)くれだが、やっぱし正夢たったがな。どれどれ、ふた開げでみっぺが」

八太夫は、宝物を得たとばかり思いこんで穴の中へ入りました。ところが、ふたを開けて見ておどろきました。箱の中にあったのは、朽ち果てた太刀だったのです。八太夫は、今にもくずれてしまいそうな太刀を、両手に持ってながめているうち、とつぜん倒れてしまいました。おどろいたのは、そばにいた村びとでした。

「塚掘ったんでただったんだ。早くもどどおり、の(埋)めどいだほうがいがっぺ」と、村びとは八太夫が手にした太刀を箱に納め、直ぐさま塚を埋め戻しました。

その後、八太夫は放心して狂人となり、家族も全員が天刑病にかかって死んでしまい、足崎村には疫病がまん延しました。村びとは、このことがあってからたたりを恐れて、だれ一人白旗塚に近づく者がなかったということです。

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