昭和の佐和高等学校の画像を公開

茨城県立佐和高等学校の開校時関連の画像と、市報かつたの掲載記事を公開しました。

→昭和の佐和高等学校(画像)

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(市報かつた昭和58年9月25日号)

昭和60年4月開校予定の県立高校誘致を陳情 市長、議長が知事に強く要望

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茨城県知事に陳情書を渡す

「勝田市にもう一つの県立高校を・・・」。9月14日、清水市長、大谷議長をはじめとする一行が県庁を訪れ、60年度に開校が予定されている県立高校の誘致を知事、副知事たちに陳情しました。

現在、市内には勝田工業高校、勝田高校の二校が設置されていますか、市内の中学卒業者の入学者は、進学者のうち15.6%で、大部分が他市町村の高校へ進学しています。

人口も今年中には10万人を超え、児童生徒の急増が予想されます。57年度の中学卒業者は1618人でしたが、62年度には2610人余が見込まれ、教育の機会均等、通学の安全確保、通学の経済的負担軽減からも、誘致が熱望されています。

この日、市側から、市長をはじめ三役と教育長たちが、議会から正・副議長、県立高校誘致促進委員会の正・副委員長が、さらに西野、西野宮の両県議会議員が同行しました。一行は、知事、県議会議長、県教育長たちに陳情書を手渡し、強く誘致を働きかけました。

(市報かつた昭和58年12月25日号)

60年4月開校の県立高校 稲田地内に決定

昭和60年4月に開校予定の、県立高等学校の建設が、勝田市に決定しました。

市内には、昭和37年に勝田工業高校、昭和48年に勝田高校が開校していますが、今度の新設高校決定で、市民の強い要望が報われ、十万都市誕生にも花をそえることになりました。

12月10日の県教育委貝会で、勝田市に高等学校を新設することが、正式に決定されました。

新設高校は全日制の普通科で、昭和60年4月開校をめどに、59年6月に校舎建設が着工される予定です。

建設予定地は稲田字老ノ塚で、約4万平方メートルの敷地が予定されます。規模は、鉄筋コンクリート造り三階建の本館と体育館で、当初は一学年6学級でスタートし、昭和60年度以降に特別教室、プールなどを建設して、将来は一学年8学級が見込まれています。全体計画事業費は、三カ年計画で約20億円程度(校舎などの建設費)と予想されます。

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市内の中学校卒業生は、昭和57年度が1618人でしたが、昭和59年度は1800人余、昭和62年度には2100人余が見込まれます。このように卒業生が急増するなかで、昭和57年度の高校進学率は、全国平均の94.3%を上回る97.5%に達していますか、市内にある高校への入学者は、進学者の15.6%にしかならないことからも、高校の新設が強く要望されてきました。

第三学区内(勝田・水戸など主(市町村)の中学卒業生は、昭和63年3月ピークに達すると予想されています。

新設高校の設置により、市内高校への進学率の向上や通学の安全確保、通学に要する経済的負担の軽減などが期待されます。

勝田市は12月8日に十万都市の仲間入りをしましたが、新設高校の建設決定が、これに次ぐ朗報と言えるでしょう。

設置までの主な経過はつぎのとおりです。

  • 6月20日 市議会で県立普通高等学校設置に関する要望決議
  • 6月22日 市長及び市議会議長などが県に陳情。市議会が要望書を提出
  • 6月24日 県議会に請願書を提出
  • 7月28日 県議会で請願が採択
  • 7月29日 市議会に高校誘致促進委員会を設置
  • 9月14〜16日 市長及び市議会議長などが、知事、県議会議長などに陳情
  • 12月10日 勝田市内に設置が決定

(市報かつた昭和59年2月25日号)

稲田地内に建設される 県立高等学校昭和60年開校に向けて動きだす

以前から私たちが要望していた、昭和60年4月に開校予定の県立高等学校が、昨年の12月10日に、市内稲田地区に建設することが決まり、この高校を計画的に建設しようとする、勝田地区高等学校設置協議会が、同月23日に組織されました。

この協力会は、市議会議員で構成されており、会長には清水市長が選ばれ、事務局は市役所内に置かれています。今年度の予算には、400万円が計上されており、敷地測量などが行われることになっています。

1月30日には、県議会文教委員会のメンバーが、建設予定地の稲田字老ノ塚の現地を視察するなど、昭和60年の開校に向けて動きだしました。

今後この協力会で、用地取得関係や環境整備関係などが、行われることになっています。

(市報かつた昭和59年12月10日号)

来春開校目指し工事が進む佐和高校 グラウンドなど地形を生かした設計

市内3番目の県立佐和高校の建設が、来春の開校を目指し、急ピッチで進められています。

設計は、校舎の中心に、集会や談話に利用出来る、吹き抜けの生徒ホールが配置され、このホールを中心に、四方に放射状に延びる形になっています。休み時間や昼休みに、自由にくつろげるように工夫され、余裕のある教室配置になっています。グラウンドも広く、地形を生かした設計がされています。

初代校長には、川又正義氏の就任が決まっており、現在5人の職員で特色のある学校づくりに、香草を練っています。週1回ゆとりの時間”佐和高タイム”を設け、学力補充、趣味、文化など、さまざまな要求に応じた行事や集会を実施し、教科学習では得られない、幅広い方策が検討されています。

校章は、市の花「つつじ」を図案化することになっており、制服は、ブレザー型で、男女とも濃紺の上衣、グレーのスラックスかスカートにネクタイです。

緑豊かな恵まれた環境に立地する佐和高校、大きな期待ががよせられています。

(市報かつた昭和60年4月25日号)

佐和高校で入学式283人が晴れ姿

市内三番目の県立高校として新設された、佐和高校(川又正義佼長)の入学式が、4月8日に行われました、第1回の入学者283人のうち、市内の入学者は145人と、半数を占めています。

紺色のブレザーに身を包んだ新入生たちは、緊張した面もちで、校長や来賓の祝辞を受けていました。

佐和高校は昭和59年7月から着工し、57875平方メートルの敷地に、鉄筋コンクリート三階建の本館と体育館が3月に完成したばかり。建築様式は従来の「箱型校舎」から欧風建築に変化しています。校舎の中心に吹き抜けの生徒ホールを配置し、ここを中心に校舎が四方に、放射状に伸びています。

同校では、知・徳・体の調和のとれた全人教育を実践するため、5つの教育目標と、7つの重点目標を定めています。また、良心・理性に基づいた行動をという意味で「君の心に聴け」という、ユニークな校訓を掲げています。生徒の健全育成の点では、佐高タイムという時問のなかで、生徒間の交流、教師と生徒のふれあいの場を作るなど新鮮な学校経営を目指しています。

(市報かつた昭和60年7月25日号)

さわやか佐和高 初陣勝利

今年4月に開校したばかりの佐和高校が、第14回高校野球県大会で、見事に一勝を飾りました。

大会3日目の7月11日、県営球場第一試合に出場した佐和高校は、竜ケ崎二高と対戦。三回までに3点リードされたものの、四回には同点に追いつきました。五回裏に1点リードされると、六回表にすぐ取り返して再び同点。流れで勢いに乗ったナインは、ラッキーセブンの七回、たかみかけるような猛攻で一気に5点のリード。

竜ヶ崎二高も先輩校の意地を見せ、七回、八回と追いあげましたが、九回に佐和高校がダメ押しの1点をあげ、試合終了。

佐和高校野球部は、新設校のため、1年生ばかり10人のチーム。グラウンドも満足に整備されてない状態で、全力で戦うことを心がけてあげた、貴重な勝利です。

チームが新設なら、応援団も新設。7月に入ってから特訓を開始。ブラスバンドがないため、太鼓とトランペットと声の応援。得点が入るたびに、スタンド後に立てた校旗を持って、右へ左へ走り回って大声援。

スタンドで応援した川又校長は「これからが、本当の勝負です」と、引き締めていました。二年後、三年後が楽しみな佐和高校チームです。

(市報かつた昭和60年11月25日号)

「輝かしい伝統つくりたい」佐和高校開校式

市内3番目の県立高校として開校された、佐和高校の開校式が、11月6日行われました。

佐和高校は今年の4月、280人の入学者を迎え、現在、紺色のブレザーに身を包んだ生徒たちが勉学に励んでいます。夏の高校・野球大余には、即席のチームのナインが、堂々一回戦を突破し、佐和高校の名を広めました。

この日の開校式は、高校が完成したというお披露目にあたり、関係者650人が列席しました。式は、経過報告などのあと、川又正義校長が「教師と生徒と保護者が心を一つにし、輝かしい伝統をつくっていきたい」とあいさつしました。また、甘利浩行生徒会長から「夢のある高校を目希します」と力強い謝辞がありました。

校舎は、欧風建築で真ん中に吹き抜けの生徒ホール。ここを中心に四方に放射状に伸びています。周囲は、松林に囲まれ、静かな環境で恵まれた場所に立地しています。

「君の心に聴け」というユニークな校訓を掲げ、新鮮な学校経常を目指しています。

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