佐野ソフトボール少年団が表敬訪問

佐野ソフトボールスポーツ少年団が、このたび第9回春季全日本小学生男子ソフトボール大会(主催:公益財団法人日本ソフトボール協会)への出場を決め、平成28年2月29日、ひたちなか市役所を表敬訪問しました。佐野ソフトボールスポーツ少年団が、春季大会に出場するのは初めて(夏季は6回)。

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市長に全国大会出場の報告をする佐野ソフトボールスポーツ少年団の選手たち

13人の選手たちは、本間源基ひたちなか市長に全国大会への意気込みを話し、市長からは「ひたちなか市の佐野から来たことを誇りに思ってがんばってほしい」と激励を受けました。

第9回春季全日本小学生男子ソフトボール大会は、次の日程で開催されます。

  • 【期間】平成28年3月26日〜28日
  • 【場所】京都府立山城総合運動公園
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子どもの安全安心に取り組む

ひたちなか市子ども会育成連合会指導者研修会を開催

ひたちなか市子ども会育成連合会は、単位子ども会役員を対象とした指導者研修会を平成28年2月28日、ワークプラザ勝田で開催しました。

子ども会活動への理解を深めてもらうとともに、指導時の不安を解消してもらおうと、「子ども会の活動と安全対策」と題した全体講習と危険予知トレーニング(KYT)が行われました。

KYTでは、少人数のグループに分かれ、イラストに示された状況から予想される危険要因を出しあい、具体的な対策と行動目標の作成に取り組みました。

才三郎狐(勝田の民話から)11/23

(昭和61年9月10日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

才三郎狐

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一本松のキツネにまんまとたぶらかされてしまいました

むかし、勝倉村の武田溜に近い一本松という所に、たいそう知恵のある才三郎とよばれたキツネがすんでいました。才三郎というよび名は、もともと村の若者の名前でした。この若者は、顔だちはととのっているがなまけ者で、悪知恵がはたらきました。秋になると那珂川に帰ってくるサケを密漁しては水戸の城下へぼでふり(棒手振り)に出かけ、そのお金で酒ばかり飲んでくらしていました。

那珂川のサケは味が良いので、献上鮭といって水戸の殿様が朝廷や将軍様に献上してから食べる習わしになっていました。そのため、昔からサケは無断で漁をすることが禁じられていたのです。

ある晩のことでした。才三郎が那珂川へ密漁に出掛けた帰り、一本松のキツネにまんまとたぶらかされてしまいました。 才三郎狐(勝田の民話から)11/23 の続きを読む

平成27年度ひたちなか市表彰式を開催

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表彰者のみなさん

市勢振興に寄与し、その功績が顕著な方を表彰する「平成27年度ひたちなか市表彰式」が平成28年2月28日、ワークプラザ勝田で行われ、功労表彰と善行表彰あわせて32の個人、団体が表彰されました。本間源基ひたちなか市長は、「今回の表彰を通過点として今後とも地域や市民のために力添えをいただきたい」と謝辞を述べました。

表彰された方々は次のとおりです。〈敬称略・順不同〉

【功労表彰】

  • 市民憲章推進協議会:青木正雄
  • 市政協力員・自治会長:寺沼保、砂押倶視
  • 介護認定審査会:中山喬司、廣木とよ子
  • 市嘱託医:小宅奈津子、小宅雄二
  • 保健推進員:雨澤和子、樫村眞智子、大内洋子、上村セツ、川井ひろえ、高橋寄子
  • 食生活改善推進員:鈴木しず江、大山文子、平野則子、照井靜枝、照沼洋子、深作加代子、箕輪栄子、安良子、河野慶子、松岡清美
  • ワイワイふれあい館:安照男
  • 高齢者クラブ連合会:橋野文二
  • 学校嘱託医:黒澤崇、待木健司、青山純一

【善行表彰】

  • ふるさと納税に多額の寄付:飯島嘉
  • テントと折りたたみ椅子を寄贈:(株)常陽銀行ひたちなか支店
  • 社会福祉施設に備品寄贈:水戸ヤクルト販売(株)
  • 八坂神社の移転に尽力:八坂神社氏子会

地元が作り上げた”架け橋”、外野跨線橋

外野跨線橋が開通

外野小学校金管部が奏でるファンファーレとともに、テープカットが行われ、真新しい跨線橋に2000人を超える人々が歩いていきました。

テープカット
テープカット

”東西を結ぶ架け橋”として、平成24年から工事が進められていた外野跨線橋がこのたび完成し、平成28年2月27日、関係者を集めて開通式が行われました。

開通式の後、三世代代表の佐藤英男さん一家と本間源基ひたちなか市長を先頭に、渡り初めが行われ、外野小3年生児童150人をはじめ多くの市民が参加しました。

外野跨線橋は昭和18年に都市計画が決定されてから、多くの関係者の協力により73年をかけて開通しました(工事期間平成24年2月〜平成28年2月)。総事業費は約13億円で、うち5000万円は平成26年12月に公募したひたちなか市民債が充てられました。

まさに地元が作り上げた”架け橋”が誕生しました。

那珂川からあがった観音様(勝田の民謡から)10/23

(市報かつた昭和61年8月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

那珂川からあがった観音様

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なんと、それは木彫の観音様でした

むかし、江戸時代のころ、三反田村に大層丹精な親孝行の娘がいました。娘は朝早くから夜おそくまで、雨の日も風の日もよく働きました。

ある年の秋のことでした。村の近くを流れる那珂川が、嵐で大水まあし(洪水)になりました。200年前の天明の大水まあしのときは、村で50軒もの家が水に流されたということですが、それと同じくらいの大水まあしでした。

那珂川はこのころは川底が浅く、堤防もなかったので大雨が降ると直ちに大水まあしになってしまったのです。

娘はせっかく丹精こめて作った稲が水に流されたり、泥に埋まってしまい、がっかりしました。娘は川岸に立って、うらめしそうに川をながめていました。すると、濁流の中を小さなほこらが流れてきて、中にきらきら暉くものが見えました。 那珂川からあがった観音様(勝田の民謡から)10/23 の続きを読む

茨城県信用組合市内各支店と高齢者見守り協定締結

協定書を交わす本間市長(左)と長山支店長
協定書を交わす本間市長(左)と長山支店長

平成28年2月25日、ひたちなか市は、高齢者が安心・安全に暮らせる地域づくりを目指すことを目的に、茨城県信用組合勝田支店および市内店と「高齢者見守り活動等への協力に関する協定」を締結しました。

同協定により、同組合市内各支店では業務中に高齢者の異変に気付いたとき市に通報したり、市民向けに「認知症サポーター養成講座」を開催したりするなどして認知症高齢者への見守り活動に一役買います。

同組合勝田支店の長山洋之支店長は「戸別訪問を活かし、見守り活動に貢献していきたい」と話していました。

腹切り佐七(勝田の民話から)9/23

(市報かつた昭和61年8月10日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

腹切り佐七

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とがめを覚悟で無断で蔵の鍵を開け、村びとにヒエを配ってあげました

むかし、江戸時代の享保年中、今からおおよそ270年も前のこと、三反田村の庄屋で、佐七という人がいました。父は三衛門といい、代々庄屋役を勤める家柄でした。佐七には妻と幼い長男の市之介、ほかに二人の女の子供がいて、家族は幸せにくらしていました。

佐七は情け深く、思いやりがあり、くらしに困ってる者がいると助けてあげました。村びとは心のやさしい佐七のことを、「庄屋様、庄屋様」と、敬いました。

ところが、享保年中は飢饐の年でした。何日も何日も冷たい雨が降り続いて、真夏に綿入れを着ていたというのです。このため、作物は実らず三反田村の人びとは、食べ物がなくて苦しんでいました。 腹切り佐七(勝田の民話から)9/23 の続きを読む

つるし米の話(勝田の民話から)8/23

(市報かつた昭和61年7月25日号より。文・平野伸生 絵・穂垣智子)

つるし米の話

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不思議なことに、それを見て産婦はたちまち元気を取りもどし、無事に赤ん坊を生むことができました

日立の多賀山地のふもとに、大久保、金沢(かねさわ)とよばれるところがあります。むかし、この村は田んぼが少なく、土地もやせていて米がとれない貧しい村でした。

とりわけ、金沢村は貧しい村でした。村の人たちは、めったに米のご飯を見たことがありません。ふだんは、ソバとかヒエ、アワのご飯を食べてくらしていました。

ある日、村に難産でたいそう苦しんでいる者がいました。これまで何人も赤ん坊を取りあげ、手慣れた村の取りあげ婆さん(産婆)も困っていました。 つるし米の話(勝田の民話から)8/23 の続きを読む