湊公園サマーパーティーとBIG WAVE 2015が開催されます

みなとみらいプロジェクト&BIG WAVE 2015実行委員会のメンバー
表敬訪問をした湊公園サマーパーティーとBIG WAVE 2015の実行委員会

平成27年7月13日、湊公園の魅力を広める「湊公園サマーパーティー」と、チャリティ野外レゲエ音楽イベント「BIG WAVE 2015」の実行委員会が、イベントの紹介にひたちなか市役所を訪れました。

■湊公園サマーパーティー

  • 日時 8月29日 午後4時〜8時
  • 場所 湊公園(ひたちなか市湊中央1丁目1番)
  • 内容 みなとメディアミュージアムによる現代アート作品の展示、地元グルメ出店、い賓閣復元研究会によるい賓閣復元CGの上映など

■BIG WAVE 2015

  • 日時 9月12日、13日 午前11時〜午後8時
  • 会場 ひたちなか市新光町46番多目的広場
  • 出演アーティスト 30組(予定)
  • チケット(前売り) 1日券2,500円、2日通し券4,500円
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昭和の記事から17〜高場のうつりかわり

「市報かつた」に昭和53年から昭和54年にかけて「文化財めぐり」として掲載された”ムラのうつりかわり”(全18回)を紹介します。(17/18)

高場

(市報かつた昭和54年4月25日号掲載)

稲田、高野、高場の三つのムラの接点地に近い高場地内に、佐和駅が設置され、営業を開始したのが明治30年2月25日でした。同年の8月23日には、水戸、岩沼間が開通し、常磐線(当時は日鉄海岸線)は全面開通しました。

佐和駅の設置は、周辺地域の発展に大きな役割を果たしてきたことはいうまでもありません。「茨城県統計書」から、当時の旅客、貨物等の数量をみてみますと、明治33年の旅客数12800人、貨物数2800トンであったものが、日露戦争が終わった翌年の明治39年には、旅客数14200人、貨物は2.2倍の6300トン。さらに、明治44年には、旅客数16000人、貨物は3.1倍の9500トンと急激に増えています。明治44年は、勝田駅が宮集を開始(明治43年3月18日)した翌年に当たりますが、この年の勝田駅の旅客、貨物等の数量は、7800人で2100トンですから、旅客は勝田駅に比べて2倍、貨物は4.5倍となっています。この佐和駅で取扱われた貨物は、湊や平磯に水揚された水産物、それと、常磐炭抗などで抗道に使用された松材、その他、大小麦、甘藷、苗木などが主なものでした。なかでも、サンマが水揚された時期には、湊方面から昼夜をとわず、サンマを満載した荷馬車で大変にぎわい、湊・太田街道など、駅周辺の道筋は、魚の油でにじんでいたといわれています。大正時代の高場

明冶末期から大正初期頃になると、農業面で化学肥料の需用が高まり、明治30年初頭に肥料商二号店が開店し、同39年頃には湊の小圷肥料店佐和支店が開店し、大正初期にはヤマサなどの各肥料店が佐和駅周辺に開店しました。当時佐和駅に降された貨物の8割が、肥料であったといわれています。図は大正15年(昭和9年)頃の佐和駅周辺を復原したものです。マルカ、東海両運送店をはじめ、銀行、郵便局、病院、飲食店、劇場などがみられ、繁栄した佐和駅周辺の当時の様相がしのばれます。 昭和の記事から17〜高場のうつりかわり の続きを読む