平成27年度ひたちなか市少年の主張大会開催

中学生が日常生活の中で感じ、考えていることを発表する「平成27年度ひたちなか市少年の主張大会」(主催:ひたちなか市コミュニティ組織連絡協議会)が平成27年7 月9日、ひたちなか市文化会館で開かれました。

同大会は、中学生が日頃感じていることを社会に訴えたり、これからの人生への希望を発表することで、自分の生き方を見つめなおすきっかけにしてもらおうと開催されているもので、今年は佐野の和を推進する会が主管しました。

市内9中学校から選出された12人は、自分たちが普段感じている何気ない気付きに改めて目を向け、深く考えた思いを堂々と発表しました。

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アトラクションでは佐野中合唱部が美しいコーラスを披露しました

【発表者】

  • 熊田菜摘(佐野中)「ルールやマナーを守るということ」
  • 清水畑和未(大島中)「祖父と私」
  • 秋山風佳(勝田三中)「つながり」
  • 佐井川紫穂(勝田一中)「選挙権の年齢引き下げを考える」
  • 坪田涼佑(勝田二中)「ブームはなぜおこる?」
  • 廣瀬茜(田彦中)「前向きに生きる、私の人生」
  • 山田紗生(那珂湊中)「なんとかなる」
  • 関野結月(平磯中)「より多くの幸せを守ること」
  • 川上舞子(阿字ヶ浦中)「家族」
  • 太田成美(大島中)「夢を見つけるためには…」
  • 熊田渉生(勝田三中)「「友」とは」
  • 世古真菜花(佐野中)「支えあうこと」
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昭和の記事から12〜長砂のうつりかわり

「市報かつた」に昭和53年から昭和54年にかけて「文化財めぐり」として掲載された”ムラのうつりかわり”(全18回)を紹介します。(12/18)

長砂

(市報かつた昭和53年12月10日号掲載)

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馬渡上宿の追分け付近から長砂横道にかけて、市内ではただ一カ所、江戸時代の街道の名残りをとどめている松並木があります。この松並木を過ぎると長砂です。長砂について「水府史料」には、つぎのように記されています。

「旧横道、長砂二村、元禄12年辰年、一村に合せられる-略-鹿島より岩城への道筋なり、古昔は水戸城下より奥州への道筋も比所なり」

長砂は元禄12年(1699)に、横道、長砂を合併して一村にしたとあります。この横道は、千々乱風によって、沢田浜から移住してきて、一つのムラを形成し、現在の中宿は、さらに、この横道から分家して形成されたムラといわれています。この他、長砂の村落形成を知る手がかりとして、とくに、小字名を注意してみる必要があります。たとえば、塙、東屋敷、西屋敷、南屋敷、北屋敷などの地名がありますが、これらの地域は、長砂の本郷であったのでしょう。江戸時代になって、商品経済が発展するにつれて街道も整備され、ある者は移転し、ある者は分家して、街道沿いに家屋敷を構え、今日のような長砂宿が形成されてきました。しかも、家の配置などを、古地図で注意してみると、以外と区画整然としているのがわかります。とくに馬渡などは良い例で、今日の区画整理を思わせる一面があります。 昭和の記事から12〜長砂のうつりかわり の続きを読む